おしらせ
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★2011/01/10 The Historian Tribute Portrait ④
(Hai Duong 2010)
その結果「これはダンスである」と思うことにした。みんながそわそわし始めると「あ、求愛ダンスがはじまった」と思い、碑文に出会えてアンユージュアルな行為が始まると「あ、歓喜のダンスがはじまった」とこころでつぶやいた。
それからというもの、例えばヒストリアンが、ちょっと不機嫌なときも、いらいらしてるときも、雰囲気が海の底のようなときも、ぜーんぶ「これはジョイフルダンスである」と思うことにした。無理があったけれど思うことにした。そしてその思い込みは自分のなかでけっこう成功した(実はいままで、このことは誰にも言えなかった。馬鹿にしてるのか、と、ちょっと怒られるかもなんて思っていたから)。
でも、そのようなダンス風景は、けっきょく写真には残せなかったのだけれど。
今回の調査でも書きたいことは、それはそれはそーれは、たくさんあって、でもとりあえずは今までずっと参加させてくれたお礼の気持ちをこめて、ザ・ヒストリアン・トリビュートでした(「部活みたい」に調査するWちゃんも被写体として何故かおもしろくて、だから日程が入れ違いになって残念だった)。
ありがとうございました。
<※写真の掲載の許可を得ているのですが(調査団長にもらいました)、もし何か大変な写真を載せていたらお知らせください…>
追伸:②の日記で「メオちゃんは、ヒストリアンではない」と断言したのだけれど、じつはヒストリアンでした(トンカムニャア、メオちゃん)。でも、というか、だからというか、本当にダックビエットでズイニャットな感じなのでした。
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★2011/01/09 The Historian Tribute Portrait ③
(Hai Duong 2010)
2007 年の冬から、漢字漢文求愛調査に参加するようになって、たいへんな異文化ショックをうけ、この何とも言えないディスハーモニーの世界や、漢字や漢文に出会うときの異様な風景を、だれかに伝えなければ、と思った(ひとりで胸のうちにおさめているには、あまりにも、出来事が大きすぎた)。
そういえば、いつからだろう、この風景を見るたびに、わたしは「あ、はじまった。求愛ダンスがはじまった。歓喜のダンスがはじまった」と思うようになった。
異様な風景とは、たとえば、頬ずりしたり(つめたい石に)、キスするのかと思うほど接近していたり(碑文に)、やさしく撫でていたり(よごれた石を)、身体をくねくねしていたり(漢文にむかって)、うふうふと満面の笑みを浮かべていたり(碑文にむかって)、くるくるまわっていたり(碑文のまわりを)、なんども頷いていたり(ひとりで)、「さあこい!」とかけ声をかけていたり(ひとりで)、「連れ去りたい」と言っていたり(現地の女性ではなく、碑文を)、するようなことである。じつに、愛に、あふれているのである…。
最初は、何かのデモなのかな、ハプニングなのかな、それとも史料をもっと出してもらうための計画的パフォーマンスなのかな、あるいは現地の人へのサービスだろうか、と思ったくらいに信じられなくて(そして怖じ気づいて)、でも調査はまいにち続くので、何とかこの風景を、じぶんに翻訳する必要があった。
(④につづく)
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★2011/01/08 The Historian Tribute Portrait ②
(Hai Duong 2010)
ユースレス、と思っているのはわたしだけじゃないらしく、どうやらまわりもそのようで、今回はとうとう「役にたたない」と直接言われてしまった。
ホテルの部屋にもどってしばらく、しゅん、としてしまったのだけれど、でも、明日は役にたてるかも、と思い込むこともできて、翌日からはまた、いっぱい食べたり、車酔いをしたり、写真を撮ったり、漢文が読めるふりをしてみたり、青年君(ヒストリアンホープ)の仕事ぶりに感動したり、メオちゃん(日本人)にちょっかいをだしたりするのだった。
メオちゃん。彼女もヒストリアンではない。専門外の参加者はときどきいるのだけれど、そうは言っても、わたしとメオちゃんはずいぶん違う。
たとえば調査中、ヒストリアンが碑文や漢文をみてヒートアップしているとき、わたし達はちょっと手持ちぶさたなる。そんなとき、わたしは近くの人や家族にちかづいて写真を撮ってしまうけれど、メオちゃんは花や草木にすいよせられていて、ハミングするように観察している。
決定的な違いは、メオちゃんが現地の人(とくに男性)からとっても好かれること、と、漢文が漢文が漢文が読めることだ。やわらかい関西風のイントネーションで、音読や解説してくれたりする。
(③につづく)
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★2011/01/07 The Historian Tribute Portrait ①
(Hai Duong 2010)
今年の冬も、共同調査に参加させてもらった。何度目になるのかもう忘れてしまったけれど、今回でようやく、ヒストリアンが質問している内容と、インフォーマントが答えてくれた内容が聞き取れた(気がする)。インタビューに付いていくのがちょっと楽しかった(気がする)。何を調べているのかもちょっと興味がもてた(気がする)。それでも、やっぱり漢字とは、あまり仲良くなれなかったのだけれど。
わたしは、漢字という文字体系が、すごーく苦手だ。小学生のときから「漢字が得意」なクラスメイトは、わたしの中では「すごーい人」で、リスペクトするけれど会話が成立するような気はさらさらしなくて、何ていうか、ちょっとフォーリナーだった。そして、漢字だけが集まってできた漢文というシステムは、デザインやアートにはなり得ても、正しい情報としては眺めることすらできなくて、あのう、ちょっと、えーと、うーんと、ごめんなさい、という感じだった…。
15世紀の碑文をみても、貴重な家譜をだしてきてくれても、感動できず、驚けず、優しい気持ちにもなれず、もちろん読めず、調査補助メンバーのレプリカにもなれないありさまで、だからいつも、わたしが参加していいのでしょうか、という気持ちだった(何といってもこの調査は、漢字漢文求愛調査なのである)。
(②につづく)
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★2011/01/01 Chúc mừng năm mới 2011!!
あけまして、おめでとうございます。
昨年も、たいへんお世話になりました。迷惑かけたり、失礼なことをしたり、ほんとうになんていうか、許してもらってばかりで、すみません。いろいろ教えてもらって、助けてもらって、待ってもらって、いつも、ありがとうございます…。
2011年は、2010年に見たこと感じたこと学んだことを、パッキングしたいなあと思っています。そして、手つかずのままの喜怒哀楽や、あちこちに散らばっているものを、透明のケースに入れたり、木箱にしまったり、フリーザーに封じこめたり、したいです。
地味でリズムのあるいちねんに、なるといいのにな。
今年も、どうぞ、よろしくお願いします。
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